ウェルネスコラム「治療を放棄して哲学を語るのは本末転倒」

ウェルネスコラム

書籍連載

医師の罪と罰2 使命放棄 医者の怠情・無知
治療を放棄して哲学を語るのは本末転倒

医者の本分は病気を治し、患者を救うことのはず

「がん哲学外来」という集いが全国に広がっているようです。

これは、一般の人どうしが、がんについて自由に語り合うことで、心のケアをしていこうとする試みです。 某大学医学部の教授が中心になって、すでに10 年近く続けている取り組みです。

医者の罪と罰

医者の罪と罰

これまでの病院では、がん患者の心のケアが十分にできていなかった。 そういう思いから、専門家の教授が先頭に立ち、コーディネーターを養成するなどして、各地でカフェ形式の集いを開催しているようです。

末期がんを宣告されている患者様や、患者様を支える家族の方など、がんについて語り合うだけでも救われる人はいると思います。 そういう救いを求めている人に対しては、やはり必要な取り組みだろうと思います。

ただ、私が引っかかるところは、それが医者の本分だとは思えない点です。

患者様の心のケアはたしかに大事ですが、医師の本分は、やはり病気を治して患者様の命を救うことのはずです。

現在の進行がんに対する標準治療は、延命を目的としています。 それは完治させるのをあきらめているということです。 そのうえ、「進行がんには哲学を」となってはいけないと思うのです。

患者に哲学を押しつけることは戒めるべき

がん医療は、極限では死と向き合うところがあります。 がん放置理論へのコメントとして「死をタブー視せずに向き合うべきだ」という意見が出てくるのも、そのためでしょう。

ですが、別にがんでなくても、人は死ぬときには死にます。 死生観とがん治療を、医師が同列に論じるのはおかしいのです。

大多数の患者様は、いかに死ぬかではなく、いかに生きるかを求めているはずです。 そこに哲学だけを語りかけても、満たされることはないでしょう。

自由意思に基づいて、自分なりの死生観を突き詰めるのは、誰にとってもけっこうなことです。 しかし、「あなたはがんだから死と向き合おう」と押しつけるのは、患者様にとって非常に酷なことです。

それでは、医者の使命を放棄した論理のすり替えになってしまいます。

たしかに、患者様やご家族へのグリーフケア(悲嘆ケア)などの面でも、日本の現状は欧米諸国に比べて劣っており、心のケアは課題だと思います。

心を癒やす取り組み自体は有意義だと思うのですが、それを、がん専門医ががんを治せないことへの〝免罪符〟にしてはいけないと思います。

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