ウェルネスコラム「がん細胞だけを狙い撃つ免疫系の全身療法(1)」

ウェルネスコラム

書籍連載

【第2章】主治医の知識と経験の不足が、がん患者の寿命を縮める
がん細胞だけを狙い撃つ免疫系の全身療法(1)

保険診療の範囲では、分子標的薬の効力は半減する

分子標的薬は、実はがんだけでなく、リウマチやクローン病、重度のぜんそくなどの自己免疫疾患に対しても有効な「免疫系の薬」です。
日本の保険診療では殺細胞剤との併用が原則とされるのに対して、欧米では単独投与されるのが常識です。なぜなら、分子標的薬の薬剤設計は殺細胞剤と全く異なっており、同時併用は原理的に矛盾しているからです。

保険診療+先端医療  完治をめざす「がん治療設計」

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完治をめざす「がん治療設計」

殺細胞剤は、がん細胞を殺すための薬ですが、同時に免疫細胞を含む分裂中の正常細胞を巻き添えにしてしまいます。

分子標的薬は、薬に備わっている効能だけでがん細胞を殺すものではありません。また、正常細胞や免疫細胞へもダメージは与えません。分子標的薬は免疫を温存しつつ、主に増殖を抑えるように作用します。その間に、体内にもともと備わっている免疫を、がんよりも強くしていくことを意図しているのです。

体内にもともと備わっている免疫ーーそれが、NK細胞です。分子標的薬は、がんの増殖を食い止め、NK細胞によるがんへの攻撃を促す薬剤なのです。

では、分子標的薬は、いったいどのような働き方をするのでしょうか。

体内の細胞は、分裂を促す細胞増殖信号を受け取ると、その刺激でさかんに増殖します。がん細胞も例外ではなく、細胞増殖信号に勢いが影響されます。

アメリカを中心とした抗がん剤の開発者たちは、細胞増殖信号を伝える信号物質や、その信号を受け取る細胞側のレセプター(受容体)などの研究にシフトしています。そして、細胞増殖信号をブロックする物質を見つけては加工し、続々と新薬の開発に結び付けています。1990年代に起ったこうした抗がん剤開発の潮流は、世界の抗がん剤開発の流れを変えました。

一般に分子標的薬は、「正常な細胞にも存在するものの、がん細胞の種類ごとに、目立って多く存在する物質」を標的にします。がん細胞の性質を調べ、ある標的物質が多く現れていることがわかれば、それを狙って投与します。すると薬は、正常な細胞にも作用しますが、より多くがん細胞のほうに作用して、その増殖を抑えます。

先ほど分子標的を列挙した際に出てきた「HER2」「EGFR」「CD20」「CD117」などは、その標的物質の種類を示しているのです。

分子標的薬には、非常に小さい分子を意味する「低分子」の薬と、細胞表面のレセプターにくっつく「抗体」型の薬があります。

低分子分子標的薬は、がん細胞の中に入り込んで、細胞の分裂や、がんの増殖に必要な血管新生などを促す信号をブロックします。

イレッサ®という商品名で知られている肺がん治療薬ゲフィチニブなどは、この「低分子」に属します。イレッサ型の分子標的薬は、細胞の中に入ると、増殖に関わるチロシンキナーゼという酵素の働きを阻害します。それにより、がん細胞の分裂にブレーキをかけ、腫瘍が大きく育つのを食い止めるわけです。

もう一つの「抗体」型は、現在最も期待され、さかんに新薬の開発が繰り広げられているタイプです。

薬の成分となっている抗体は、主に人工の免疫グロブリン(免疫系の「抗原・抗体反応」で働く抗体)で、それが細胞表面のレセプターに結合すると、信号伝達物質が働かなくなり、がん細胞は増殖信号を受け取れなくなります。「中和活性」と呼ばれるこの作用によって、細胞の増殖にブレーキがかかるのです。

分子標的薬とADCC活性の図

我が国で最も早く使われ始めた抗体医薬品は、2001年に承認されたトラスツズマブとリツキシマブです。

トラスツズマブはハーセプチン®という商品名で知られている非常に使い勝手のいい薬です。保険診療では、乳がん、胃がんの一部に使われています。乳がんのタイプによっては術後化学療法としての使用が認められています。つまり、手術後に殺細胞剤ではなく抗体医薬品を使うことも可能なのです。

NK細胞の攻撃力を高めるADCC活性

抗体医薬品の一部は、これまでの化学療法にはなかった画期的な作用を持っています。

トラスツズマブががん細胞表面のHER2に結合すると、NK細胞を引きつけ、がんを殺す作用を発揮させます。これをADCC活性と言って、体内のNK細胞ががんを殺傷する効率を数倍強く引き出すことができるのです。

このADCC活性こそ、最新の抗体医薬品が持つ極めて重要な作用です。がん治療において免疫が重視されるようになっている今、抗体医薬品の重要性はさらに増していくでしょう。

2012年には、このADCC活性を飛躍的に高めた日本発の抗体医薬品が実用化されました。モガムリズマブ(商品名ポテリジオ©)です。

この薬はATL(成人T細胞白血病)という特殊ながんの治療薬で、がん化したT細胞が過剰発現しているCCR4というレセプターを標的としています。

ATLは、HTLV -1というウイルスを基盤として、何十年もの潜伏期間を経て突如T細胞ががん化する特殊な白血病です。HTLV -1感染者の全員がATLを発症するわけではなく、生涯にATLを発症するのは感染者の約5%です。

ところが、いったん発症すると有効な薬がほとんどなく、非常に予後の悪いがんでした。

ADCC抗体の作用の図

モガムリズマブは、ATLの発症を意識して過ごさざるを得ないHTLV -1感染者にとって大きな朗報となったのです。

同時にこの抗体医薬品の登場は、新しい分子標的薬の開発現場にも、多大なメリットを及ぼすものとなりました。モガムリズマブは、協和発酵キリンがライセンスしている「ポテリジェント」という加工技術で、抗体とNK細胞の結合力を強め、ADCC活性を理論値で約100倍高めています。

この技術で加工された抗体は「ポテリジェント抗体」と呼ばれ、ほかの部位のがんを対象とした抗体医薬品にも応用が可能です。実際、世界の多数の医薬品メーカーにこの技術がライセンスされ、ADCC活性の高い抗体医薬品の開発が進められています。

がん治療で最大の難関は、患者様の体内でがんが強い免疫抑制をかけ、免疫細胞が本来の活性を失い眠ったような状態にされていることです。

免疫抑制がかかっているとはいっても、ひとりひとり程度の差があり、相対的にNK活性が高い患者様においては、分子標的薬との相乗効果がうまく引き出されるはずです。ADCC活性は、その効果をより強く引き出す作用です。

実際に分子標的薬を使っている患者様の一部では、明らかにがんが小さくなる現象が生じます。

免疫抑制を弱めて、免疫の活性を取り戻す薬もある

一方、最新の分子標的薬には、もう一つのアプローチで設計されている薬もあります。

NK細胞の攻撃をサポートするのとは逆に、免疫の働きを抑えている免疫抑制を弱めるという発想で開発されたのが、免疫チェックポイント阻害薬です。この薬は、免疫細胞の表面にある活動抑制信号のレセプターに結合する抗体で、結果として、免疫細胞への免疫抑制をブロックし、活性を高める作用があります。

京都大学の高名な免疫学者・本庶佑先生が発案したこの薬は、我が国より、まずアメリカの医薬品業界に大フィーバーを巻き起こしました。

2011年、まず米国FDA(食品医薬品局)に承認されたのが、悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬イピリムマブ(商品名ヤーボイ©)です。この薬は、CTLの表面に発現するCTLA -4受容体に結合し、活性抑制作用を抑えることで、結果的にCTLの活性を高め、がん細胞を攻撃する力を高めようとするものです。

そして、2014年には、同じく悪性黒色腫治療薬のニボルマブ(商品名オプジーボ®)が日米で相次いで商品化されました。こちらは、CTLの表面にあるPD-1という受容体に結合し、先行したイピリムマブと同様の作用を発揮します。

CTL側のPD-1に、がん細胞の表面物質PD-L1などが結合すると、活性が抑えられて、がん細胞を攻撃しなくなってしまいます。そこで、この結合を阻害することで抑制を外せば、再びがん細胞を攻撃する力が回復するという発想です。

このアイデアが新しいがん治療薬の開発につながることを確信した本庶先生は当初、国内の製薬会社に提案したようですが、免疫治療に乗り気でなかった国内メーカーからよい返事が得られず、アメリカの会社が開発を進めることになったという経緯があります。

免疫チェックポイントの阻害薬の原理の図

免疫チェックポイント阻害薬が免疫抑制を弱めることで一定の成果を挙げた結果、やはりがん治療では免疫が重要なのだという専門家の認識は深まっています。

ただ、この薬は今のところ、悪性黒色腫という日本人には珍しいがんの一部に、ある程度の効果を示した段階です。

製薬会社は沸いていますが、どこまで期待できるものかはまだわかりません。

そもそも腫瘍免疫の主役はNK細胞ですが、免疫チェックポイント阻害薬は主にCTLの活性を高めることを視野に入れています。前述したようにCTLは腫瘍免疫では補助部隊的存在で、NK細胞に比べると非常に攻撃力が弱く、しかも正常細胞とがん細胞を見分けて攻撃するわけではないため、暴走して自己免疫疾患を引き起こすという副作用が伴います。

やはり、がん治療の王道を行こうと思ったら、主役のNK細胞を忘れてはいけません。

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