ウェルネスコラム「がんの予防を勘違いするな」

ウェルネスコラム

書籍連載

【第3章】がんの予兆をつかむことが、予防の第一歩
がんの予防を勘違いするな

ピロリ菌の除菌で胃がんの発症は3分1に

第1章でも触れましたが、胃粘膜に萎縮が起こる原因としては、ヘリコバクター・ピロリ、いわゆるピロリ菌の感染も無視できません。萎縮性胃炎の原因であれば当然なのですが、胃潰瘍、そして胃がんの発症にも、ピロリ菌が介在していることが分かっています。

一生がんにならない体をつくる

一生がんにならない体をつくる

最近はピロリ菌の除菌が一般化し、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の罹患(りかん)も相当減ってきています(ただし、胃炎は減っていません)。

ピロリ菌の除去は、慢性胃炎でありさえすれば、公的医療保険で受けることができます。「ピロリ菌こそ胃がんの主因」「ピロリ菌を除去しさえすれば胃がんは根絶できる」という一部専門家の見解も知られているためか、積極的に受ける人が多い治療法です。

ピロリ菌の除去は、まず実際に感染しているかどうかの検査から始まります。方法には、ピロリ菌に対する抗体(免疫システムがつくる一種のたんぱく質)を調べる血液検査と、尿素剤を飲んでから吐いた息を調べる尿素呼気試験があります。

そのいずれかの検査でピロリ菌の感染が分かったら、処方された抗生物質などの服用を1週間続けて、胃に寄生しているピロリ菌を殺菌します。

その際、腸内の細菌も抗生物質の影響を受けますから、よい腸内環境を守るために治療中および治療後にヨーグルトを積極的に食べることが推奨されています。ちなみに、除菌治療中はアルコールも飲まないほうがよいでしょう。アルコールを大量に飲むと、薬の効果が薄れてしまうからです。

この除菌療法を受けると、胃がんの発症率はおよそ3分の1になるとされています。昭和39(1964)年の東京オリンピック以前に生まれた50歳代以上の世代では、8割がピロリ菌をもっていると見られています。

50歳を過ぎたらピロリ菌除去は意味がない

そうしたことを背景に、胃がんをなくすにはピロリ菌の除去が一番大事だという立場の医師もいらっしゃいます。では、慢性胃炎があり、ピロリ菌の感染が確認された場合、誰もがピロリ菌の除去をするべきでしょうか。

一般には、「行うべきだ」という人が多いでしょう。しかし、私はピロリ菌の除去療法には、適している人もそうでない人もいると考えています。その一つの目安は、年齢が40歳代以下であることです。除菌すべきかどうかには「適齢期」があり、それより上の年代では意味が薄れるということです。

もちろん何事にも例外はあり、ピロリ菌が原因と考えられる胃潰瘍を頻発しているような人は、除菌をしたほうがよいと思います。しかし、慢性胃炎で、胃にピロリ菌がすみ着いているからといって、みんながみんなピロリ菌の除去を受けたほうがよいというほど、メリットだけがある治療ではないのです。

あまりこういうことを語る医者は多くないのですが、私が積極的に除菌するのは40歳代までの患者様です。そして、50歳を境目として、50歳代以降でピロリ菌を除菌することの意味はあまりないだろうと考えています。

ただ、ピロリ菌の除菌に適齢期があるというのは、私的で非常に特殊な意見というわけではなく、医師向けの専門誌『日本医事新報』にも、高齢者のピロリ菌除菌をしてもあまり意味はないだろうという趣旨の質疑応答が掲載されていたことがあります。

前述したように、胃粘膜が萎縮する要因には、主に加齢、ピロリ菌、食事、ストレスがあります。そのなかで加齢は非常に大きな要因で、50歳以降になるとほとんどの人で萎縮が進行しています。

加齢が萎縮の主要な原因である限り、ピロリ菌を除菌しても加齢による萎縮の進行は止められないことになります。したがって、ピロリ菌を除去するだけで胃がんのリスクをゼロにすることは不可能なのです。

ピロリ菌除去にはデメリットもある

ピロリ菌除去療法(初回の1次除菌)では、制酸剤に分類されるPPIの一種であるランソプラゾールといっしょに、アモキシシリン、クラリスロマイシンという2剤の抗生物質を服用します。

しかし、かなりの用量で服用するため、この抗生物質自体の副作用がかなり見られます。私も除菌する人には伝えますが、主な副作用には、下痢、軟便があります。ですから、「軟便ぐらいなら我慢して続けるべきですが、下痢がひどかったら中止してください」と助言しています。実際に下痢をして治療を中止する人もいます。

そして、抗生物質を強力に使うということは、治療そのものは腸内環境にあまりよくないわけです。治療法自体、最初から腸内細菌への悪影響は想定していて、乳酸菌の一種を処方して抗生物質のダメージを緩和しようと工夫しています。

さらに言えば、この治療をしてもピロリ菌を100%除菌できるわけではありません。最近、クラリスロマイシンの耐性菌(薬の効かない菌)が出てきた影響もあって、1次除菌での除菌率はだいたい70〜80%と言われています。

1次除菌に失敗した場合は、薬を替えて2次除菌を行います。だいたいそれで95%ぐらい除菌できます。しかし、なかには3次除菌といって、さらに別の薬を使って除菌を試みる場合もありますが、私は3次除菌までは行いません。

ピロリ菌を殺すと食道炎になるリスクもある

実際に、保険で除菌できるようになってから、50歳代を過ぎてもピロリ菌の除菌を希望される患者様は増えています。しかし、50歳代を過ぎると、逆に除菌によるデメリットのほうが前面に出てきます。その一つは食道炎です。

食道と胃の間には、胃の内容物が逆流しないように括約筋(下部食道括約筋)の弁があります。この括約筋の力は加齢に伴って低下して、機能が落ちていきます。つまり、弁が緩んでくるわけです。

そういう年代の人がピロリ菌の除菌を行うと、胃液が容易に食道に上がるようになっていますから、胃酸の刺激で食道炎が多発するのです。

これは、考えてみれば当たり前のことなのです。ピロリ菌というのは、アルカリ性のアンモニアを発生して、酸性の胃液を中和している特殊な菌です。それが一斉に退場したら、胃液の酸性度が急に上がってしまうわけです。

一気に酸の強くなった胃液が、括約筋の緩んでいる食道に逆流すれば、食道炎が多発するのは当然です。ピロリ菌を除菌したあと、約3割もの人が食道炎になります。

そうした事実を踏まえると、50歳代を過ぎても積極的に除菌をする意味が乏しいというのが私の考えです。そこで、除菌を希望して来られる高齢の患者様には、時間をかけてデメリットも説明し、それでも除菌したいという方には自己責任でやっていただきます。

年間5000億円をピロリ菌の除菌に投じれば、わが国の胃がんは撲滅できると言った専門家がいましたが、それは机上の空論だと思います。実際、ピロリ菌陰性(ピロリ菌がいない人)の胃がんもたくさんあり、それを否定することはできません。

胃がんに関しては、たとえピロリ菌という一つの原因を取り除いても、加齢によって胃粘膜の萎縮は進行し、そこから腸上皮化生が発生して、胃がんになるというメカニズムは変わらないわけです。その全体像をよく見ないと、胃がんをなくすことにはつながらないのではないでしょうか。

がんは感染症ではなく、免疫力の低下で起きる病気

昔から、がんの原因を細菌やウイルスに求める説は存在しました。特定の原因が分かれば、感染症のようにがんを撲滅できる可能性があるのですから、もしそうであれば画期的なことです。

しかし、結論から言えば、がんは感染症ではありません。細菌やウイルスの感染を防いでも、がんそのものをなくすことにはつながらないのです。

最近で言えば、子宮頸(けい)がんワクチンという例がありました。ヒトパピローマウイルスというありふれたウイルスが、子宮頸がんの発症リスクを高める。そのことから、「子宮頸がんは予防できる」と称して、多くの若い女性にワクチンの接種を推奨しました。

その運動の結果がどうなったかはさておき、ヒトパピローマウイルスに感染しなければ子宮頸がんにならないという考え方はおかしいでしょう。これはちょうど、ピロリ菌の除菌さえ広がれば胃がんがなくなる、という話といっしょです。

子宮頸がんワクチンには重大な副作用があることが判明し、見直しがされています。アジュバント(添加剤)に問題があるそうで、摂取後しばらくして筋痛症が多発しています。

ウイルス感染は、確かに一部のがんになるリスクを高めることがあります。例えば、C型肝炎ウイルスに感染した人が、肝硬変になったりそこから肝臓がんに進行したりするリスクが高まるということはよく知られています。また、非常に頻度の低いがんですが、HTLV-1というウイルスに感染した人のうち、約5%の人が生涯のうちに特殊な白血病(ATL)になることも知られています。

しかし、そうしたケースもあるということが、がんは感染症だという理由にはなりません。感染症のようにがんを予防できるという発想は、根本的に間違っています(最近は感染症にも厄介なものが現れていますが)。

すでに述べたように、がんは全身性の免疫の病気だからです。

細菌やウイルスはリスク要因の一つにすぎない

がんという病気を正しく理解しておくことは、予防のためにも、いざがん患者になったときの判断を誤らないためにも望ましいことです。

「悪性新生物」とも呼ばれるがんには、得体のしれないものが体の中に急に生まれ、乗っ取られるようなイメージをもっている人もいるかもしれません。

しかし、第1章でも述べたように、がん細胞は日常的に体内に生じています。体の中のあらゆる組織は、新陳代謝という生まれ変わりを繰り返して、同じ形や機能を維持しています。ところがその際、なんらかのきっかけで、腸上皮化生のように性質を変える細胞が現れると、やがてそこからがん細胞が生じるのです。

免疫力の高い健康な人であれば、活性の高いNK細胞が、がん細胞や小さながん細胞集団を見つけしだい芽をつんでいます。ですから、体内の自浄システムとも言える免疫がしっかりしていれば、がんにはなりません。がんというのは、全身を見張っているこの免疫システムの病気なのです。

思えば、菌やウイルス以外にも、私たちは、さまざまながんの原因物質をやり玉に挙げています。タバコの煙、アスベスト、ダイオキシン、農薬や食品添加物などの化学物質......それこそ挙げればきりがありません。

これらはいわゆる発がん物質で、確かに発がんのリスクを高めることが分かっています。しかし、その一つだけを挙げて「がんの原因はこれだ」と言ったら、誰もが少しおかしいと思うのではないでしょうか。

がん予防のためには、こうした発がん物質も含めて、発がんのリスク要因になるものをなるべく排除していくべきです。しかし、「そうすればがんにならない」と考えるのは、やはり間違っているのです。

ピロリ菌やヒトパピローマウイルスも、そういうリスクファクターの一つとして位置づけるのが妥当だと思います。

切除は究極のがん予防ではない

ここで思い出したのが、2013年に世界で大きな話題となった手術です。

女優のアンジェリーナ・ジョリーさんががん予防のために乳房の切除をされたことは、ご存じの方も多いと思います。

ジョリーさんは、お母さんをがんで亡くしています。乳がんに卵巣がんを併発して、長い闘病の末50歳代で亡くなったそうです。そして、その母であるおばあさんも、卵巣がんのために40歳代で亡くなっているそうです。

ジョリーさん本人は、お母さんから受け継いだと思われる特殊な遺伝子「変異型BRCA」をもっています。これは乳がん、卵巣がんを引き起こすがん遺伝子なので、彼女は将来の乳がんのリスクをなくすために、乳房(正確には乳房内の組織の一部)を予防的に切除したということです。

遺伝子検査で、卵巣がんよりも乳がんが発症する確率が高かったため、乳房の切除を優先したということです。彼女は、将来的には卵巣の摘出も考えているというのが、当時の報道でした。

この報道に触れて、私は複雑な印象を受けました。あらかじめ言っておくと、乳房の予防的切除を選んだジョリーさんの個人的選択には、異を唱えるつもりはありません。将来の自分のリスクにどう備えるかは、個人の選択です。

しかし、人によっても、洋の東西でも考え方は違うものですが、現在がんになっていない健康な組織を、莫大(ばくだい)な手術料を取って切除する意味を、アメリカの医師はどう考えているのでしょうか。さらに、全身性の免疫疾患であるがんに対して、特定の器官を切除することが本当にがん予防になると考えているのでしょうか。

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