コラム「胃の粘膜の老化は、 胃がんの"予兆"」

コラム

書籍連載

【第3章】がんの予兆をつかむことが、予防の第一歩
胃の粘膜の老化は、 胃がんの"予兆"

胃の老化と胃がんの関係

第2章でも確認したように、わが国では社会の高齢化に伴って、がんによる死亡率が上がっています。これは、「高齢になるにつれて、がんになる人が増える」ということを意味します。年を重ねることで、全身の老化が進むためです。

一生がんにならない体をつくる

一生がんにならない体をつくる

しかし、老化するとがんになりやすくなるとか、老化していない人はがんになりにくいと言っても、抽象的でさっぱり分からないと思います。がんの予防を考えるなら、老化の本質とは何かを考えなければなりません。そして、その老化現象を食い止めるにはどうしたらよいかを語らなければなりません。

もちろん老化といっても、さまざまな側面があります。皮膚にしわが増えることも、老眼が進んで細かい字が見えにくくなることも老化現象です。筋肉や骨格の衰えや、脳や神経の働きの低下もあります。体の中では、動脈硬化に伴って血圧が上がったり、代謝機能が衰えて糖尿になったり脂質異常になったりもします。

それらをそれぞれ個別の現象と見ていると、やはり老化の本質は見えてきません。そこで、まず私の専門領域である消化器、特に胃の老化にフォーカスして、老化とがんの関係を考えてみたいと思います。その延長で考えれば、全身の老化とがんの関係が見えてくると思います。

血管が透けている状態が、 胃の老化

皆さんは、胃の内視鏡検査を受けたことがあるでしょうか。

内視鏡で胃の内部を見ると、健康な人の胃壁は、きれいなピンク色をしています。ほかの臓器も同様ですが、胃の内壁は表面が粘膜で覆われています。若くて健康な胃の粘膜には、ある程度の厚みがあって、きれいな光沢をもっているのです。

胃の老化といえば、この胃粘膜が萎縮して、薄くなっていくことを意味します。

「萎縮」と聞くと、一般の人は、胃の表面がしわくちゃになって縮こまっていくようなイメージをもつかもしれませんが、粘膜の萎縮とは、厚みがなくなることを指します。

粘膜が萎縮して薄くなると、その下にある血管が見えてきます。つまり、胃の内壁を守っている粘膜が、薄紙が一枚はがれたように厚みを失ってしまうのです。これが「血管透見(とうけん)」という粘膜の萎縮の目安です。

胃壁の断面構造を見ると、内側に粘膜があり、その下にある厚い筋肉層を覆っています。そして、外側に胃の外壁に当たる漿膜(しょうまく)という薄い膜があります。当然、われわれが内視鏡で見ているのは内壁の粘膜です。そして、その粘膜も、厳密には上層の粘膜と、 その下の粘膜下層からできています。

粘膜下層にはたくさんの血管が走っていますが、本来なら、その上を粘膜が覆っているので透けたように見えることはありません。しかし、粘膜の萎縮が進むと、下に血管が走っている様子が、内視鏡の画像ではっきり確認できるようになるのです。老化が進み、萎縮度が高くなると、胃の内壁全体が血管だらけに見えます。

生活習慣の乱れで加速する胃粘膜の萎縮

胃粘膜の萎縮は、20歳頃を過ぎると多くの人で始まり、老化の一つの目安になります。というのは、通常は年齢を重ねるにつれて、萎縮の度合いが進んでいくからです。

その度合いにはステージ(段階)があって、まずCの1、2、3と進み、それからOの1、 2、3と進行していきます。Cというのは、Closed(クローズド)の頭文字、OはOpen(オープン)の略です。粘膜の萎縮が一定の部位に限局しているものがCで、広範囲に広がっているのがOだと考えてください。

そして、萎縮部位が限局しているCにも、広範囲に広がっているOにも、1、2、3の3段階があります。そして、数字が大きいほど萎縮が広がっていることを意味します。具体的には、C-1、C-2、C-3、O-1、O-2、O-3に分類されます。1、2、3の数字は、1が一番軽度で、その次が2、3が一番重度な萎縮を示します。

念のために補足すると、この区分は萎縮の広がりを示す目安で、炎症の激しさなどを示しているわけではありません。

年代別 胃粘膜の萎縮平均レベルの図

体の正面から見た胃の形は、皆さん想像できると思います。胃袋には、食道から食べ物が入っていく上部の入り口「噴門」(ふんもん)と、消化した食べ物が十二指腸に出ていく出口 「幽門」(ゆうもん)があります。その噴門から幽門まで広範囲につながっている萎縮が、Oに分類されます。1、2、3は、萎縮の範囲が狭いか広いかの違いです。

要するに、胃粘膜の萎縮は一部に萎縮が見られるC-1から始まり、萎縮が進行すると最終的にすべての粘膜が萎縮しているO-3に至るということです。

萎縮した粘膜は、内視鏡で見ると、明らかに健康な胃とは違って見えます。色があせて、粘膜の下にある血管が透けて見えるからです。

この萎縮の度合いは、あくまでも目安としてですが、おおよその年代で区切ることも可能です。通常だと、20歳代で萎縮が見られる場合はC-1、40歳代 の後半から 50歳代ぐらいでC-3になります。これが、60歳代になるとO-1ぐらいになり、70歳代でO-3に進行するといったイメージです。

通常、60歳の還暦を過ぎると、胃の粘膜はかなり高度に萎縮しています。60歳代では、多くの人は萎縮度が「O」の区分となり、そのなかには、70歳より前に「O-3」になっている人も珍しくはありません。そして、70歳を過ぎたら、だいたいの人は「O-3」になるのです。 もちろんこれは平均的な目安で、食事や生活習慣をはじめとする、さまざまな条件で萎縮の度合いには個人差があります。そして、最近目立つのは、前述したように若い人でも萎縮が進んでいるケースが多いことで、20歳代でも、内視鏡で見た結果C-3と診断される人もいます。そういう人は、もしも胃年齢を判定するなら50歳です。

その背景として、無意味なダイエットに代表される食生活の乱れが疑われることは、先述したとおりです。過剰なダイエットなどに励んで必要な栄養が不足すると、胃の粘膜をやせさせてしまうということです。

ここで、老化が発がんのリスクを高めるということを思い出してください。胃粘膜の萎縮 は胃の老化度を示すのですから、栄養失調で不用意に胃を老化させると、胃がんのリスクを 高めてしまいかねないのです。

ダイエットが原因でがんになるなどとは、おそらく誰も言わないでしょう。ここであえて、その可能性があることを指摘しておきたいと思います。

がんの発症リスクが一気に高まる 「粘膜の萎縮+炎症」

ただ、胃粘膜の萎縮が進行したからといって、必ず胃がんになるわけではありません。胃粘膜の萎縮が、胃がんの素地をつくることは間違いありませんが、胃がんが何パーセント発生しやすくなるかということも分かりません。

粘膜の萎縮度も、それ自体が胃がんの発症頻度を示す線引きではありません。C-3ならまだ大丈夫で、O-1になったら危険とか、O-3だからいずれ必ずがんになるといったようなものではないのです。

粘膜が薄くなったからといって、すぐにがんになるというわけではなく、やはり、そこに炎症が加わらないと、直接の発がんのきっかけにはならないのだと考えられます。

胃に炎症が起こると、その部位は「糜爛(びらん)」といって、粘膜がはがれているようなただれた状態になります。私は、胃がんが疑われるようなケースで内視鏡検査をすることが、それこそ頻繁にあります。そのような場合、内視鏡で見て糜爛したところがあれば、そこをつまみ採ってきて病理検査をします。それで、がんが見つかることがあるのです。

ここで、粘膜の萎縮と炎症、炎症とがんの関係を整理しておく必要があるでしょう。

胃粘膜の萎縮を、単に老化現象と捉えれば、「誰でもみんな老化するのだから、粘膜の萎縮 も仕方ない」ということになります。そう片づけてしまっては、やはり老化の本質が分からなくなります。

胃粘膜の老化の正体は何か。そう考えると、それは炎症から始まっているのです。

自覚症状のない「慢性胃炎」は胃がんの素地をつくる

粘膜の萎縮について知らなくても、胃の具合が悪くて病院に行ったとき、あるいは定期検診などで、「慢性胃炎」と指摘されたことのある人は少なくないと思います。慢性胃炎というのは、文字通り慢性的な胃の炎症です。

炎症というのは、患部がただれて痛んだり、腫れてかゆくなったり、赤くなったり、熱をもったりする、病的な反応全般を示す言葉です。急性の炎症と慢性の炎症がありますが、急性の炎症では痛みなどの自覚症状が比較的はっきり現れます。ところが、慢性の炎症には、ほとんど自覚症状がありません。そのために、自分では気づかないまま、慢性胃炎を抱えている人は少なくないのです。

そして、胃の痛みがつらくなれば病院に行ったり薬を飲んだりする人も、痛みを感じていないときには治ったと思い、放置してしまうことが多いのです。慢性胃炎と指摘されていても、 「胃炎ぐらい」と思うのかもしれません。「胃潰瘍」から胃がんを連想する人も、胃炎だと軽視してしまうのでしょうか。

しかし、これからは「胃炎は胃がんの危険因子だ」と覚えておいてください。慢性胃炎を放置していても、急性胃炎や胃潰瘍を繰り返しても、胃の粘膜はじわじわとダメージを受け、これまで述べてきた萎縮が進行していきます。実は、胃粘膜の萎縮そのものも、慢性萎縮性胃炎として、慢性胃炎の仲間と捉えられています。そして、それが胃がんの素地をつくるのです。

ただ、先ほども述べたように萎縮そのものががんに移行するとは限りません。ですから私は、あまり恐怖感をあおるつもりはありません。

胃がんの前段階は 「腸上皮化生」

では、胃がんを強く疑うのはどういうときかというと、ただ粘膜が萎縮したり、発赤(はっせき)したりしているということではなく、「ここに変なものがあるぞ」と感じたときです。 通常は、萎縮の進んだ胃粘膜で炎症が続いたときに、細胞の変異が加わって、胃がんの前段階(前がん状態)の組織ができるのです。

それが「腸上皮化生(ちょうじょうひかせい)」です。

上皮というのは、粘膜や皮膚のように組織の表面を覆っている組織です。もちろん粘膜も、 「上皮細胞」という細胞からできています。そう言うと、字面からある程度察しがつくかもしれませんが、腸上皮化生とは、胃の粘膜が小腸や大腸のような腸の粘膜に置き換わることを言います。

胃の粘膜は外見上つるつるした組織ですが、腸の粘膜はでこぼこしています。外見上は、胃 の中に腸の粘膜が生えてきたような感じになります。これは、胃粘膜の細胞が変異し、性質 を変えてしまったことを示します。

最終的にがんが発症するのは、そうした変異の繰り返しによって最終的に細胞ががん化した場合です。腸上皮化生の次には「腺腫」という段階があり、そこからがんになるのですが、この段階を飛び越えて腸上皮化生からがん化する場合もあります。

慢性の炎症をベースに胃がんが発症するプロセスを細胞レベルでなぞってみましょう。すべての細胞は、中心となる「核」の内部に染色体をもち、DNAという遺伝子情報の媒体を乗せています。炎症が起こっている組織では、細胞がダメージを受け、そのなかにはDNAに傷を負う細胞が現れます。

DNAは、細胞がどのような性質を備えるかを決めている情報源です。しかし、DNAが傷を負っても、それだけで細胞がすぐがん化するわけではありません。

傷ついたDNAが修復されないうちに細胞が分裂し、増殖を繰り返していくうちに、DNA自体に変異が定着します。そうすると細胞の性質が変わり、腸上皮化生のように、本来の組織とは違う組織が出現するのです。

胃がんの発症プロセスの図

胃の粘膜の萎縮→炎症→DNAの損傷の過程でがん細胞が生まれる

粘膜の萎縮と胃がんの関係が、お分かりいただけたでしょうか。

感覚としても、胃壁を守っている粘膜が薄くなれば、そこに炎症が生じやすくなることは 察しがつくと思います。例えば、粘膜が薄くなっているところに、頻繁に刺激物を摂ったり暴飲暴食をしたりすると、胃は簡単に炎症を起こします。

粘膜が薄くなったところに刺激が加わると、炎症が生じる。しかし、慢性の炎症はほとんど本人に自覚されることはありません。それが繰り返されると、胃がんに進行するリスクが 高まっていくというわけです。老化が始まり、がんリスクの高まる世代になっても暴飲暴食 を繰り返しているのは、ある意味 、自殺行為とも言えます。

炎症がDNAを傷つけるしくみはどういうものかも説明しておきましょう。炎症が起こったところには、必ず顆粒(かりゅう)球という免疫細胞の一種が集まってきます。顆粒球は本 来、外敵である細菌などを退治する役目があるのですが、攻撃する外敵がいないと、顆粒球 が出す活性酸素で体の組織が攻撃されてしまうのです。

活性酸素はご存じのとおり、老化の元凶とされる物質ですが、そもそもそれが顆粒球の武器です。細菌などの細胞を攻撃するための活性酸素が、自分自身の細胞を破壊する大量の流れ弾になってしまうわけです。

そうして傷を負った細胞のうち、DNAに傷を負ったものが変異、増殖を繰り返すと、ある日まったく別の生物(悪性新生物=がん)に生まれ変わるわけです。

炎症が生じたら、 がん予防のはじめ時

胃における粘膜の萎縮と胃がんの因果関係は、このようにほぼ明らかになっています。胃がんは、慢性胃炎と無関係ではないのです。

当然 、萎縮が進行すれば発がんのリスクは高くなりますが、やはり炎症の有無が重要なポイントです。C-3とかO-2といった萎縮のレベルにかかわらず、炎症が続いていることが一番問題なのです。

炎症が続けば、粘膜の萎縮自体はC-2程度でも、胃がんになる人はいます。萎縮が進行するほど発がんのリスクが高くなるというのは、ほかでもなく、炎症が生じやすい部位がより 広くなっているからです。萎縮度がO-2とかO-3になってくれば、胃全体のどこにでも炎症が起こりやすくなった状態だと言えます。

ですから、私は胃がんのリスクとしては炎症のほうを重視します。胃粘膜の萎縮そのものを、がんと強く結びつけ、萎縮度が高いほど危険と言う人もいますが、それは臨床的には少し違うと思います。

もし慢性胃炎が起こっていても、適切に治療を続けていれば、やみくもに胃がんを恐れる必要はありません。私の場合は、慢性胃炎の患者様に粘膜保護剤を出していますから、胃がんになる確率は非常に小さくなっているはずです。

そもそも私が、定期的な内視鏡検査を推奨しているのは、がんの早期発見と同時に、その予兆を知って対処するためでもあります。炎症の存在を把握し、それを治療することは、それ自体、がんに対しては予防になるのです。

炎症が生じている組織に適切な治療を継続することも、がんを予防するうえで非常に大切なポイントだと考えます。

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