コラム「がんと診断されたらANK免疫細胞療法 おわりに」

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がんと診断されたらANK免疫細胞療法 おわりに

おわりに

私の一族は、1970年代に某週刊誌で57名の医師一族と紹介され、現在は遠縁まで入れると親戚に200人近く(医師同士が結婚して子どもを医師に育てる)いる、という医師一家に育ちました。叔母たちに聞くところによると、父方の祖父は、生活困難な患者からは一切報酬を受け取らない「赤ひげ医者」だったそうです。父は、保険診療のバラ色の時代を生き、かなり羽振りがよかったようです。三代目の私はというと、父に反発しながらも医師になり、大学から実家の病院に戻って10年間は一緒に仕事をしましたが、結局父と意見が合わず、米国留学を決心して逃げるように実家を出てから渡米。4年半後帰国し、いくつかの病院を勤務した後、1996年に今のクリニックを開業しました。ちょうどそのころから保険診療が崩壊しはじめ、それなりに経営に苦労しました。

がんと診断されたらANK免疫細胞療法

がんと診断されたら
ANK免疫細胞療法

いま医療の現場にいる多くの先生方は、私と似た境遇を歩んできた方も多いのではないかと思います。それにしても現代は、(親の世代に比べて)医師にとって世知辛い時代のように思えます。

現場の人材不足、保険診療の査定による経営難、インフォームドコンセント、医療訴訟、超高齢社会による医療費の膨張などが議論されています。

しかし、社会がどう変化しようと医師に求められる倫理は変わらず、また、それに応えられるものが医師であると思います。

我々は高い志をもって医師として生きなければなりません。私は、自分の医師としての存在意義は、ほかの医師が注目しない分野でそれが普及すれば大勢の人が救われるという社会貢献度が高いことをやることだと考え、一貫してその生き方を貫いてきました。私の学位論文となった研究は、自分でテーマを考えて実験し、大学を辞めて実家の病院に戻ってからも、城西歯科大学非常勤講師となって研究を継続しました(通常は大学院に進んで、指導教授からテーマを与えられ4年後に卒業と同時に学位取得)。

内視鏡で採取したヒト純膵液中のインスリンを同定したのです(外分泌である膵液に内分泌であるインスリンが存在することはあり得ないとされていました)。デンマーク、ノボ社の国際医学部長(ホセ ピカゾ医師)にハンブルグの国際消化器学会で研究を評価され、ノボ社の全面協力で高額でしかも入手困難な試薬類を無償提供してもらい、研究結果が結実して国際的医学雑誌(Hormone and Metabolic Research)に論文が掲載されました。

日本橋で開業してからは、だれもが美容成分としか考えていなかったコラーゲンに着目して研究を開始。骨密度上昇、関節痛改善、軟骨再生をはじめ、2012年血管老化抑制の国際特許を取得することができました(『血管が若がえれば健康寿命はのびる』幻冬舎メディアコンサルティング)。高品質コラーゲンは、まさしく医療成分なのです。

2005年2月、まだほとんどの医師が注目しなかったANK免疫細胞療法と出会い、理論的背景が正しい理想的ながん治療だと考え導入しました。導入して数年は悲惨でした。来院する患者様はほとんど手の施しようもない末期がんだったからです。培養中に一度もANK免疫細胞療法を受けずに亡くなってしまうこともありました。

ここ数年は、比較的元気な進行がん患者様の来院が増えてきました。それでも、ANK免疫細胞療法が、なぜ他の免疫細胞療法より知られていないのかが理解できませんでした。他の免疫細胞療法をいくつか受けてから、来院する患者様が後を絶たないからです。これは時間と費用の無駄です。とくにがん患者様は時間が限られています。ANK免疫細胞療法を受けるのがひと月でも受けるのが遅くなるだけで命取りになることがあります。これは何とかして打破しなければならないと思い、2012年より積極的に分子標的薬を併用することにしました。

ANK免疫細胞療法と分子標的薬を併用した結果、十数例驚異的な効果を上げることができました。一つのがんの部位としての症例数は少なくても、ANK免疫細胞療法はがんの種類を問わないのだから、早くこの結果を世間に知らせなければと思いました。

分子標的薬は21世紀の抗がん剤です。20世紀のがん治療は免疫を一切考慮しないがん治療でした。そのため欧米では、従来の抗がん剤(殺細胞剤)の限界を知り、今開発中の抗がん剤はすべて免疫を温存する分子標的薬となっています。それでも欧米では分子標的薬の限界を悟りつつあります。それはANK免疫細胞療法がないからです。分子標的薬は、ANK免疫細胞療法のためにあるといっても過言ではないでしょう。

むしろこれから、日本発のANK免疫細胞療法を我が国のがん治療に携わる医師が尊重してくれたら、我が国のがん治療成績が一気に向上して世界一になることも夢ではないでしょう。私は現在66歳ですが、血管年齢も骨年齢も40代をキープしています。テニスでは、シングルスが大好きです。この夏、ハワイに行って米国人のかなり上手なテニスプレーヤーに6-1で勝ちました。この歳で真夏にシングルスをできるのは、毎朝私が開発した高品質コラーゲンとプラセンタを摂取しているからだと思います。私はいまの健康を維持して、我が国のがん生存率が世界一になるまでANK免疫細胞療法に医師人生のすべてを賭けようと思います。

2013年9月
医療法人社団光人会 新日本橋クリニック院長・医学博士 石井 光

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