ウェルネスコラム「免疫とは何かを知ることががん治療に重要」

ウェルネスコラム

書籍連載

【第1章】かぜもがんも原因は「免疫力」
免疫とは何かを知ることががん治療に重要

がん死亡率が米国に比べて下がらない日本

がん死亡率が米国に比べて下がらない日本
例えば、今年創設百年を迎えた米国がん協会(ACS)が2013年に発表した統計(2009年までのデータを集計)では、2005~2009年の5年間で、女性のがん発症率は横ばいながら、男性のがん発症率は1年あたり0.6%の減少と報告されています。この5年間で、がんによる死亡率は男性で1年あたり1.8%、女性で同じく1.5%低下し、その結果、2009年のがん死亡率は、最も高かった1991年に比べて20%減少しているということです。

がんと診断されたらANK免疫細胞療法

がんと診断されたら
ANK免疫細胞療法

この2009年の米国のがん死亡率は、人口10万人あたり173.1人だそうです。一方、日本での2011年のがん死亡率は、10万人あたり男性346.9人、女性222.7人となっています(国立がん研究センター最新がん統計)。これは「粗死亡率」という年齢調整をしていない数字なので、高齢化の進む現在の日本の状況からして、単純には比較できません。

それにしても、日本のがん発症率は年々上昇しており、死亡率も10年前と比べて大して改善していないという指摘もあります。私の専門領域である大腸がんについても、アメリカでは減少傾向が顕著なのに対して、日本では増加。そして男性では微減の死亡率が、女性ではじわじわと上昇しています。

このように日米で差が生じている原因は、どこにあるのでしょうか。日本の高齢化だけでしょうか。アメリカは、かつて「成人病大国」とさえいわれていました。しかし、1977年に上院がまとめた「マクガバン・レポート」で食生活指針を出して以来、国を挙げて心臓病やがん対策に取り組んできたことが広く知られています。

がん治療法の違いも死亡率に関わっていないか

それを認めたうえで、さらに、がん標準治療において何か違いはないか考えてみると、思い当たることがひとつあります。それは分子標的薬の登場以来、抗がん剤の使い方が日本と変わってきていることです。

抗体医薬品、とくにADCC抗体(ADCC活性をもつ抗体医薬品)は、多くのがん治療医から将来性を強く期待されています。ANK免疫細胞療法医に限らず、標準治療を推進している医師たちも「最も期待しているのは抗体医薬品」という人が少なくありません。

それも当然で、現在、主に欧米で新しく開発されている抗がん剤は、ほとんどが抗体医薬品です。臨床現場で行なわれる化学療法の主流も、抗体医薬品などの分子標的薬にシフトし、従来の殺細胞剤を併用しない単独投与も珍しくなくなっているようです。アメリカでも、殺細胞性の抗がん剤は従来どおり使われていますが、使用量が急増しているのは抗体医薬品などの分子標的薬なのです。しかも単独投与なら、抗体医薬品が本来の薬剤設計に沿った治療効果を上げる可能性が高まります。

一方、日本の標準治療では、分子標的薬や抗体医薬品の保険適用範囲が狭く、さらに、殺細胞剤と併用することがスタンダードになっています。がんの治療成績をいかにして上げるか(死亡率を下げるか)という意味でも、こうした抗がん剤の使用法は考えておきたいポイントです。

殺細胞剤は分裂中の細胞を殺す薬であり、分裂の速さや副作用の骨髄抑制から、NK細胞などの免疫細胞は大きく数を減らしてしまいます。そうすると、ADCC抗体を併用したとしても、その重要な作用(ADCC活性)を発揮しようがありません。頼みのNK細胞が激減してしまうからです。原理的にいって、殺細胞剤との併用は、抗体医薬品の作用をじゅうぶんに引き出せる方法ではありません。そうした理屈に合わない治療設計が、死亡率の改善を妨げている可能性はないでしょうか。

抗体医薬品の保険適用の範囲

ここで、抗体医薬品の適応について、補足しておかないといけない話があります。先ほどから、「ハーセプチンは、一部の乳がん、胃がん、さらに一部乳がんでの術後補助化学療法に適応承認されている」といった話をしてきました。その意味は、国民健康保険、協会けんぽ、組合健保などの公的医療保険が適用される、つまり治療を受けるときに「保険が利く」という意味です。

新しく開発される薬が公的医療保険の適用を受けるには、決められた制度的プロセスを踏む必要があります。抗がん剤が製造・販売の承認を受け、病院で使えるように薬価収載されるためには、部位(どこにできるがんか)ごとに、治験の結果などを揃えて申請し、審査を受けないといけません。そのために、部位ごとに保険で使える薬が決まっているのです。ハーセプチン以外の分子標的薬をみると、例えば次のような適応が決められています。

・リツキシマブ(商品名リツキサン®)...CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫の一種)

・セツキシマブ(商品名アービタックス®)...①EGFR陽性の治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん、②頭頸部がん

・エルロチニブ(商品名タルセバ®)...①化学療法施行後に増悪した切除不能な再発性非小細胞肺がん・切除不能な進行性非小細胞肺がん。②治癒切除不能な膵がん。①EGFR陽性の切除不能な再発・進行性で、化学療法未治療の非小細胞肺がん(3番目は2013年6月に追加)

ここで、「CD20陽性」や「EGFR陽性」というのは、すでに述べてきたように、細胞表面のレセプターとしてCD20やEGFRが過剰に出ているという意味です。こうした抗原が陽性かどうかは、特殊な検査で調べます。

こうした適応から、ハーセプチンは乳がんの薬、アービタックスは大腸がんの薬などといわれるわけです。ただし、それは初めにがんができた部位(原発巣)による区分で、乳がんの肺転移や、大腸がんの肝転移などは、初めにがんができた乳がん、大腸がんとして治療されることになります。

保険の適応かどうかと本来の有効性は別

こうした保険適用から逸脱している場合は、通常、その薬の使用は検討されません。食道がんや卵巣がん、前立腺がんは、HER2陽性であることも多いのですが、保険適用外なので、はじめからハーセプチンの使用は除外されてしまいます。

しかし、ハーセプチンの薬剤設計からみると、決して、乳がんや胃がんだけの薬として開発されたわけではないのです。薬のなりたちからすると、HER2をたくさん出しているがんなら、幅広く使える薬なのです。保険診療に限らなければ、ハーセプチンは食道がんや卵巣がんなど、ほかの部位のがんでも使うことができます。

がん治療をめぐって、多くの患者が勘違いしているのは、「大病院は、あらゆる治療法のなかから最も効果的なものを選んでくれるはずだ」「医師の指示に従うのがいちばんよい」というものです。

ところが現実は、必ずしもそういうものではありません。なぜなら、公的医療保険が利く保険診療を行なっている病院では、同じ患者の同じ病気に対して、保険適用外の治療法や薬を併用することができないからです(これを混合診療規制といいます)。ですから、「高度先進医療」や「治験」といった例外を除いては、医師が保険の利かない治療を勧めることはまずありえないのです。

初めて聞く患者からすると、心外なことかもしれませんが、そういうがん治療の現実は、医師の良心などの問題ではなく、制度の問題もあるのです。医師が患者を救いたいのは当然です。しかし、病院も社会の一員としてルールを守らなければなりません。

だから、大病院の医師は、患者の希望がなければ保険適用外の薬は使えませんし、もしも保険の利かない薬を使ったら、保険適用になるほかの治療も含めて、すべての治療費を患者に「自費」で請求しなければなりません。

あなたが保険証で受けられる公的医療保険の医療制度は、「最低限必要な医療を、誰もが平等に受けられる」ものです。これは世界的にみても非常に優れた制度なのですが、当然、国家予算の制約があり、「すべての人に最高の医療を提供する」ことまでできるわけではありません。

本来、分子標的薬に関しては「標的抗原陽性」のがんをすべて適応にするのが理にかなっています。しかし、国の医療費を無制限に増やすわけにはいきませんから、薬の保険適用は、ある程度絞らざるをえないのです。その代わりに、厚生労働省も、分子標的薬に関しては「自由診療による保険適用外の処方」を推奨しています。

「国がお金を出すことはできないが、分子標的薬は本来の設計に合わせて、もっと幅広く使うほうが望ましい。ただし、自己負担でやってください」ということです。

保険診療と自由診療

保険の利かない医療は、保険診療に対して「自由診療」といわれます。自由診療とは、保険適用外の治療や薬を含めて、医師の裁量で提供できる医療です。当然、制度的にもきちんと認められています。

日本の医療は、保険診療と自由診療が両輪で回っているのです。

保険診療は優れた制度ですが、保険が適用される治療や薬の使い方しかできないという制約もあります。その制約は保険診療のメリットの裏返しにほかならず、がんのように命にかかわる病気にでもならないかぎり、なかなか実感されません。

しかし、がん治療においては、保険適応という制約が治療の選択肢をせばめて、患者の利益にならない可能性が出てきます。医師の手かせ足かせになっている可能性もあります。ですが、保険診療というルールに従っている以上、医師は倫理的にもそういう個人的感想は口にしないのです。だからこそ、私のように、保険診療ではなく、あえて自由診療で治療している医師もいるわけです。

保険診療と自由診療

保険診療が大学病院や総合病院をはじめ多くのクリニックで行なわれている一方、自由診療を行なっているのは、多くが小さなクリニックです。

よく自由診療は高額だと思われていますが、保険診療でかかる医療費のうち自己負担割合が3割、さらに高額医療に該当すれば、支払った医療費の一部が戻ってきます。自由診療の評価に迷ったときは、その治療費の3割で、保険診療ならどんな治療が受けられるかを考え、コストパフォーマンスを計算してみるのも1つの目安になるかもしれません。

保険診療と自由診療は、どちらも重要な医療の担い手であり、どちらのメリットが大きいかは一概にいえません。

私は、医療という自分の天職において、正しいと思うこと(つまり理にかなっていると思うこと)をやろう、他人にはできないことをやろうと考えてきました。ですから、自由診療でANK免疫細胞療法を行ない、抗体医薬品も自由に使っています。しかし、それは「自分の道」であって、保険診療が日本の医療を支える屋台骨であることは、よく理解しているつもりです。医師、医療従事者の多くが「仁術」という倫理観を共有していることを信じながら、ともに医療を前進させていけることを願っています。

自由診療での抗体医薬品の使い方

抗体医薬品の場合も、公的医療保険の適用はがんの原発部位ごとに、順次認められていきます。しかし、すでに述べたように保険が適用されていないから、その薬が効かないというわけではないのです。

EGFRが目立って多いがんは、イレッサやタルセバが保険適用になる肺がんや、アービタックスの保険適用対象となる大腸がんに限りません。HER2をたくさん出しているがんも、乳がんや胃がん以外にいろいろあります。その場合、保険診療では抗体医薬品を使えないのですが、自由診療なら可能です。

自由診療での分子標的薬の使用

検査を行なって、EGFRが強い陽性を示している患者なら、どこに腫瘍ができているかに限らず、アービタックスが有効だと考えられます。HER2が陽性なら、ハーセプチンが使えます。私はとくに、ANK免疫細胞療法との相乗効果も期待して、積極的にハーセプチンを使っています。

最近、ハーセプチンという薬の、さらに大きな可能性を示唆するニュースがありました。 2013年に発表されたミシガン大学総合がんセンターの研究(CancerResearch;2013;73:1635-1646) で、HER2陰性の(HER2が顕著に発現していない)乳がんでも、ハーセプチンは、治療や進行抑制に従来考えられていたより大きな役割を果たせるかもしれないというのです。その理由は、HER2陰性の患者でも、がん幹細胞にHER2が発現している場合が多くみられるからだそうです。ただし、そのがん幹細胞から分化・増殖したがん細胞にHER2が発現していないと、数のバランスで検査ではHER2陰性と出てきます。

このようなケースにもハーセプチンの投与を検討する価値があるのではないか、というのが発表の趣旨です。

がんの変異に合わせて抗体医薬品を切り替える

私は自由診療のメリットを活かして、抗体医薬品の処方を柔軟に行なっています。これは、臨床医でなければわからないことだと思いますが、経験上、HER2陽性の症例でハーセプチンを使っていると、途中から効かなくなることがあります。

この現象は、従来の抗がん剤に対する薬剤耐性とは少し様子が違っています。殺細胞剤に対する薬剤耐性は非常に難しい問題で、ファーストラインの薬が効かなくなると、次のラインの薬を使っても、前より早く耐性が現れることを想定しておかないといけません。 薬剤耐性がいわば不可逆的なのです。

薬剤耐性がいわば不可逆的なのです。

しかし、ハーセプチンなどの抗体医薬品の場合は、しばらくするとまた同じ薬が有効になる場合があります。そこから、(確かめることができないので仮説ですが)体内のがんが薬に抵抗しているのだろうと考えています。がんが細胞表面のHER2を引っ込めて、別のレセプターを出しているのではないか、ということです。

となると、それはEGFRというレセプターです。現在までわかっている範囲では、危険ながんを特徴づけるレセプターは2つあります。HER2とEGFRです。これらは、基本的にはよく似た「上皮成長因子受容体」で、信号伝達物質の受け皿となって、増殖信号を受け取ります。そこで、HER2で信号を受け取れなくなったから今度はEGFRでと、がん細胞が生き残るためにあらゆる手段を使うことは十分考えられると思っています。

EGFRに結合する抗体医薬品の代表はアービタックスです。そこでアービタックスに切り替えると、また薬が効くということがあるのです。しばらくすると腫瘍マーカー値が上昇してきます。血中HER2をくらべると上昇しているのでハーセプチンが有効と判断し、ハーセプチンに切り替えることはまれではありません、がん細胞はまさしく生き物であり、しかも人間から見ると非常にずるがしこい生き物だということがわかります。

抗体医薬品の限界と、そこに欠けているもの

ハーセプチンからアービタックスに、あるいはアービタックスからハーセプチンに切り替えるといっても、こうした柔軟な治療設計は、医師の裁量がある程度認められていなければ困難です。日本では、医師の裁量権をうたい、自由診療を認めています。この意味が意外に大きいのです。

アメリカでは、医療制度が違いますから、研究がどんどん進んでも、患者がその利益を十分に受けられるとはかぎりません。なぜかというと、医師が民間の保険会社から治療費(医療保険の保険金)の支払いを受けるしくみになっているからです。治療の根拠をはっきり示さなければ保険金の支払いを拒否される可能性があります。それが、学会で作られた公認のプロトコル(手法や手順などの決まり)に従う圧力になっています。

1980年代以降、免疫細胞療法の研究もアメリカが主導して進めましたが、やはり実用化、一般診療を実現するには制度の壁があるわけです。

21世紀のがん治療をリードする薬が、抗体医薬品を中心とした分子標的薬であることはまちがいありません。

ところが、単独使用も含めて分子標的薬をどんどん取り入れてきたアメリカで、いよいよ「分子標的薬も限界」という論調が出てきているようです。

分子標的薬は、すでに見てきたように基本的にがん細胞を殺す設計ではありません。

ADCC活性によって免疫も動員しますが、がんの縮小という効果が現れるのは一部にとどまります。そこで、実際の治療成果となると、やはり延命にとどまるのが現実だという、あきらめに近いムードが感じられます。

つまり、道具が1つ足りないのです。がんの増殖を抑えても、そこに、がんを狙い撃つスナイパーを投入しないと、がんは退治できません。そのスナイパー的な役割ができるものといえば、NK細胞です。現在知られているかぎりで、がん殺傷能力がNK細胞を超えるものはありません。米国ではNK細胞の培養に成功しなかったことががん治療においての最大のネックになっていると思われます。ANK免疫細胞療法は、日本国内のみならず世界中から注目されつつある治療法であることの根拠がこの点にあるといえるのです。

がんという病気は、免疫の病です。NK細胞を中心とした腫瘍免疫の力が弱まっているのですから、その回復にアプローチすることが、がんの根本治療につながるはずです。

免疫細胞も生き物なら、がんも生き物です。我々の知性とは違いますが、一種の生き物として生き延びる意志を持っているので、単純に薬で攻撃を続けても、変異したり、薬剤耐性を得たり、レセプターを引っ込めたりして抵抗してきます。がんのそういう性質を考慮したきっちりした戦略と治療設計をもって、眠った免疫を目覚めさせる方策を考えるべき時に来ているのでしょう。

第二次世界大戦後まもなく、おおかたの武器がそろったがん標準治療は、現在もその枠組みを変えていません。それは、そもそも免疫をじゅうぶんに考慮せずにできてきた治療体系です。そこに何が欠けているのかを考えるべきだと思います。

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