ウェルネスコラム「分子標的薬の登場(1)」

ウェルネスコラム

書籍連載

【第1章】かぜもがんも原因は「免疫力」
分子標的薬の登場(1)

免疫を温存するがん治療薬

こうした事実を踏まえ、欧米では抗がん剤といえば殺細胞剤ではなく、「分子標的薬」を指すようになっています。分子標的薬は、殺細胞剤の反省から開発された21世紀のがん治療薬です。今、大いに注目されている抗体医薬品などもその仲間に含まれ、主に欧米の医薬品メーカーが進めている新しいがん治療薬の開発は、すでに完全に分子標的薬にシフトしています。

がんと診断されたらANK免疫細胞療法

がんと診断されたら
ANK免疫細胞療法

分子標的薬とは、文字どおり、特定の「分子」を「標的」にする薬です。ただし、これはがん細胞だけを標的にできるという意味ではありません。正常な細胞にも存在するけれども、がん細胞には目立って多く存在するような「分子」の存在がわかってきました。その分子が、がんの増殖や転移に深く関わっていることもわかってきました。分子標的薬は、それを狙って作用する薬なのです。

さらに、従来の抗がん剤とは大きな違いがあります。分子標的薬は、免疫を温存してがんの増殖を止めます。それでは、誰ががんを殺すのか――。NK細胞です。分子標的薬は、NK細胞を温存して自らはがんの増殖を止め、NK細胞にがんを殺してもらう薬剤なのです。

なお、分子標的薬のすべてががん治療薬だというわけではありません。分子標的薬のなかには、リウマチやクローン病、重度のぜんそくなどの薬も含まれています。いわゆる自己免疫疾患に分類される免疫の病気の治療薬です。

イレッサに代表される低分子分子標的薬

分子標的薬には、低分子(非常に小さい分子を意味する)の分子標的薬と、抗体医薬品があります。

低分子分子標的薬は、細胞のなかに入り込んで、増殖や、がんの増殖に必要な血管新生などをうながす信号をブロックします。代表的な抗がん剤は、「イレッサ®」という商品名で知られているゲフィチニブで、2002年に、手術不能または再発した非小細胞肺がんを適応として承認されました。

非小細胞肺がんには、肺がんの半分を占めている腺がんも含まれます。進行は比較的ゆるやかな一方、抗がん剤や放射線治療が効きにくいという特徴があります。そうした背景もあって、イレッサは発売当初、「夢の治療薬」としてたいへん歓迎されました。しかし、その反動としてイレッサ訴訟も起こりました。ここでは詳しく述べませんが、副作用として間質性肺炎(肺の組織が線維化して硬くなり呼吸に支障をきたす)が起こりうることが周知されないうちに、さかんに使われたことが主な原因です。これは1つの悲劇でしたが、公平に見て、抗がん剤はいずれも副作用を伴うので、イレッサのみ、その有用性を否定する理由にはならないと思います。

イレッサは、細胞のなかに入ると、増殖にかかわる酵素のはたらきをじゃまします。細胞の表面には、増殖をうながす信号伝達物質(リガンド)を受け取るレセプターがあります。レセプターはよく受け皿やカギ穴にたとえられますが、実際には細かい産毛のような姿をしています。そういう受け皿にリガンドがくっついて、「増殖せよ」という信号を伝えるわけです。その信号を伝えるのは、細胞のなかにある酵素です。

一部のがんでは、がん細胞の表面にEGFR(上皮成長因子受容体)というレセプターが目立って多く生えており、イレッサは細胞のなかに入ると、そのEGFRの細胞内側に突き出した部分の信号伝達酵素(チロシンキナーゼ)のはたらきをじゃまします。結果として、増殖信号の伝達をじゃまして細胞の分裂にブレーキをかけ、がん組織が大きくなるのを防ぐ設計です。

ハーセプチンなどの抗体医薬品

分子標的薬に分類される、もう1つのものは抗体医薬品です。抗体医薬品は、今、がん治療薬として最も注目されている分野だといってまちがいないでしょう。

日本で最も早くがん治療に使われ始めた抗体医薬品は、2001年に承認されたトラスツズマブと、悪性リンパ腫(B細胞性⾮ホジキンリンパ腫)の治療薬であるリツキシマブです。

トラスツズマブは、「ハーセプチン®」という商品名でよく知られています。この薬は、転移性乳がんの薬としてまず承認され、その後、胃がんの一部(治癒切除不能な進行・再発胃がん)に保険の適応が拡大されました。さらに最近、一部の乳がんで「術後補助化学療法としての1週間間隔投与」が追加されました。つまり手術後の抗がん剤治療に抗体医薬品が使えるようになったのです。これは画期的なことだと思います。

抗体医薬品というのは何かというと、人工の免疫グロブリン(免疫系の抗原・抗体反応ではたらく抗体)です。それが、細胞表面に生えているレセプターにくっつくことで薬効を発揮します。ハーセプチンを例に取れば、標的となるのは、一部のがん(上皮由来の固形がん、つまり血液がん以外のがん)が細胞表面に過剰発現しているHER2というレセプターです。繰り返しになりますが、HER2もがん細胞だけに特有のものではなくて、正常細胞にも存在します。しかし、一部の乳がんなどのがん細胞では、それが目立って多く生えているため、「正常細胞よりもがん細胞により強く発現する」という理由で標的になっています。

抗体医薬品が細胞表面のレセプターに結合すると、そこにくっつくはずのリガンドが結合できなくなります。増殖信号などを受け取れなくなるので細胞の増殖にブレーキがかかります。これが、抗体医薬品の「中和活性」という発現です。

現在、日本で承認されている抗体医薬品には、HER2に結合するハーセプチン、CD20というレセプターに結合するリツキシマブ(商品名リツキサン®)のほかに、EGFRを標的とし、大腸がんなどで保険適応となるセツキシマブ(商品名アービタックス®)、CCR4というレセプターを標的とする成人T細胞白血病(ATL)の治療薬モガムリズマブ(商品名ポテリジオ®)などがあります。

抗体医薬品ができるまで

がん標準治療には大きな役割があり、私も消化器がんの早期発見・早期治療に努めていることは、すでに述べたとおりです。しかし、再発・転移する浸潤がん(全身病)となると、標準治療だけでは治しきれないことも事実です。

ずっと進行がんの患者を救いきれないことに苦悩してきましたし、ANK免疫細胞療法を導入した現在でも、進行がん、末期がんとの闘いは非常に困難です。ですから、がんと闘うすべての医師と、同じ悩みや問題意識を持っているつもりです。標準治療の副作用や限界を乗り越える使命感を、医学者や研究者たちは共有しているはずなのです。

危険ながんを特徴づけるレセプター

分子標的薬は、がん細胞をできるだけ選択的に攻撃する薬ですが、がん細胞だけを狙い撃ちできるわけではありません。がん細胞だけをやっつける薬はできないのでしょうか。

ここで、抗体医薬品をはじめとする分子標的薬ができた経緯に、少し触れておきましょう。

正常細胞を巻き添えにしてしまい、進行がんを根治できない標準治療の限界を克服する。そのために、現在は免疫へのアプローチが広がっているわけですが、歴史を少しさかのぼると、がん細胞特有の物質を見つけ、薬で狙い撃ちする方法がさかんに研究されてきました。

近代医学は19世紀以来、細菌学の進歩とともに、多くの感染症を克服してきました。その象徴ともいえるのが、ペニシリンやストレプトマイシンに代表される抗生物質です。抗生物質は、マイトマイシンのように抗がん剤として使われるものもありますが、「抗菌薬」とも呼ばれるように、基本的にはバクテリアや菌類に作用する薬です。細菌には、私たちヒトの細胞にはない細胞壁などの組織や、特有の物質が存在します。その特有物質を標的として攻撃し、バクテリアだけを殺すのが抗生物質の基本的な作用です。

抗体医薬品の作用

理論上は、がん細胞特有の物質を特定できれば、それを標的にがん細胞を狙い撃ちする抗生物質のような特効薬が開発できます。そこで、がん細胞特有の物質がないか、がん細胞の表面物質がしらみつぶしに探求されたのです。

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